北海道米のルーツを探る:稲作、クラーク博士、そして駅逓の物語(北広島市島松)

北海道米のルーツを探る:稲作、クラーク博士、そして駅逓の物語(北広島市島松)

駅逓(えきてい)について

その前に明治天皇が北海道をご巡幸された際、中山久蔵さんはその慈悲によって行在所を建て、お迎えしました。そして今もその建物が残っているんですよ。それが、道の史跡に指定されております。

観光シーズンにはご案内してくれる方もいますし、古い建物ですが綺麗に大切に残されています。

開館期間4月28日~11月3日 開館時間10時00分~17時00分 大人200円、小・中学生100円 011-377-5412

駅逓(えきてい)とは現在の旅館、運送店、郵便局などを一緒にした制度で、昼なお暗い寂しい山の中で不自由な生活をしながら奥地へ旅する人々に宿や馬を貸し、郵便物を届けたりするのが駅逓員(えきていいん)の仕事、ですから名誉も欲を捨てて、風雪に耐えて成長する松のような強い意志と忍耐が必要でした。

ここにしっかり根をおろして開拓する人たちを励ます、その生活方法を教え、ケンカがあっても、病人が出ても「駅逓さん」といった具合に、なんでもしなければなりませんでした。

しかし周りが開拓され、道路が出来、あちらこちらに人家の灯りが見えるようになりますと、この駅逓さんも住み慣れた大和お別れしなければなりませんでした。

こうして昔懐かしい駅逓は北海道の奥地の開拓が進んだ昭和23年にすっかり姿を消してしまったのです。

ウイリアムスミス・クラーク博士

その手前にある白い細長い碑が、クラーク博士の記念碑です。彼は日本の農業や教育に多大な貢献をした方でございます。

「ボーイズ・ビ・アンビシャス(青年よ大志を抱け)」と言う言葉を残しました、クラーク先生は、帰国の際、教え子と別れを惜しんだ場所がここで、石碑に刻まれた文字がその教訓でございます。

クラーク先生は明治9年8月、北海道大学の前身、札幌農学校の教頭として、アマスト農科大学(アメリカマサチューセッツ州)から招かれ当時農学校の生徒であった人々に、開拓精神(フロンティア精神)と、キリスト教主義(ビューリタニズ)を主張して大きな感銘を与えました。

しかし明治10年4月在日わずか8か月で学長立候補のため帰国することになりました。別れを惜しんだ教え子達は恩師を送って島松まで共に馬を走らせたのでございます。

その頃、船に乗るためには室蘭港に出なければなりませんでした。島松に着いた先生は、ここで馬を止め、「名残はつきないからここで別れよう」と申されました。「いいえ、もう少し送らせて下さい」と言う教え子達をおしとどめながら、「ハガキで良いからいつまでも諸君の消息を知らせて下さい」と幾度も繰り返され、最後に右手を高く上げて「ボーイズ・ビ・アンビシャス(青年よ大志を抱け)」と、にっこり微笑むと馬の首をめぐらして室蘭港目指し、林の彼方に消えていきました。この言葉は、今も尚、北大ボーイズの心の中に、そして北海道に住む人たちの心の中に生き続けているのです。

そして、その左隣には『寒地稲作ここに始まる』という碑があります。北海道の寒冷な気候でもお米作りが成功した歴史を物語っています。

引きで撮るとこのような感じです。今は高速道路で新千歳空港から札幌間を行き来し、国道36号線を走ることも少なくなってきたことでしょう。お時間に余裕があって歴史好きな方は是非お立ち寄りくださいませ。

この3つは同じ場所にあります。国道36号線を札幌から千歳方面に向かいますと標識が出てまります。

美味しい北海道米の歴史について、ちょっと深堀りしてみましょう。

1999年には、全国の水田収穫量が915万9000トンありましたが、北海道だけでその8.1%にあたる73万9200トンものお米が収穫されました。これは全国でトップのシェアを誇ります!農林水産省北海道統計情報事務所によると、これが北海道が水稲作の収穫で全国トップに躍り出たキッカケでございます。

戦後、北海道の農業は「食糧管理法」によって保護され、稲作生産が農家経営の中心になりました。昭和38年には、新潟県を抜いて北海道が全国の米総生産でトップに立ちました。その後、昭和40年代には全国的な開田ブームがあり、北海道でも最高記録を更新するほどのお米が収穫されました。

しかし、北海道での水稲作は明治時代以降の比較的新しい歴史しかありません。明治20年の統計では、北海道の全耕地に対する水田の比率はわずか6.9%でした。なぜ北海道で稲作が成功したのか、それは明治以降に本州から移住した開拓農民の努力の賜物でございます。

実は北海道で初めてお米が作られたのは、江戸時代の1692年。渡島地方が北海道稲作の発祥の地とされています。そして、明治4年には北広島市島松に移住した大阪出身の中山久蔵さんが、寒さに強い稲「赤毛」を作り出すことに成功しました。その功績から、中山さんは開拓功労者として称えられました。


皆さま、北海道の美味しいお米の歴史をもっと深く掘り下げてみましょう!

北海道の稲作

中山久蔵さんは、明治4年、44歳の時、大阪から北海道に移住し、大正8年、92歳の高齢でなくなりました。今でこそ100万トンのお米がとれる子の北海道も当時は、暖かい道南の渡島、桧山地方にわずかに水田があっただけで、北海道のような寒いところでは稲作は「だめ」という考え方が支配的で。あのクラーク先生も稲よりも麦を作れと指導しておりました。

しかし日本人は米のごはんなしには、やって行けぬようです。中山さんはたった一人で島松に入り、苗代や水田におふろの水を注いで温め、徹夜で見廻りを続けるといった苦労を重ね、3年目でついに渡島から取り寄せた寒さに強い稲「赤毛」という品種に育てることに成功しました。

そして明治12年には種モミ150キロを北海道各地で同じコメ作りに苦労している開拓移民に、ただで配ったのでした。このお米の品種改良の成功に刺激されて、今までお米作りをあきらめていた人たちも勇気づき、米作りは北海道南部からいっきに北海道の中央部にまで広がってきたのです。

その後、彼の努力によって、寒冷地に適した稲作品種が生まれ、北海道のお米作りが発展していきました。北海道のお米作りの成功は、他の農産物と比べて有利な作物となり、道内でのコメ市場が拡大していったのございます。

その後も、北海道のお米作りは着実に発展し、明治末期には稲作前線が北上していきました。特に明治33年に第七師団が旭川に移転したことで、稲藁の需要が増大し、稲作の発展に拍車がかかったんですね。

さらに、開拓使農民たちの熱意が北海道のお米作りを支えていました。彼らは本州で稲作農業に携わっていた人々が多く、北海道でもお米作りを続けたいという願いを持っていました。

明治28年には、新琴似兵村の江頭庄三郎さんが「赤毛」から「無芒」という品種を発見しました。これは、直播きに向いているという点で大変有利で、北海道の水田農家にとって重要な品種となりました。

写真提供:松浦武夫さん 島松の駅逓で頂いてきた初代「赤毛」です

躍進する北海道のお米の品

そらゆき→寒さや病気に強い。耐冷性、耐病性を持つ品種で、籾割れ発生が少ないという特長があります。業務用に特化したお米。主に飲食店や加工品として使用されるお米で、安定した収穫量が期待できる品種です。

大地の空→凍ピラフなどの加工用向けに最適。あっさりした味わいと、粘りの少ない品種のため、冷凍食品などの加工用米として使用されています。直播栽培が主流の品種。田んぼに直接、種を植える直播栽培に適した品種。持続可能な生産を目指しています。

きらら397→かむほど甘み豊か。適度な粒感があり、かむほどに甘みが豊かに広がります。丼物・ピラフ・
チャーハンに。崩れにくい粒感のため、ピラフなどに最適。タレ通りがよく、丼物などにも向いています。北海道米のロングセラー。北海道米のイメージを一新したお米として1988年のデビュー以来、不動の人気を誇ります。

あやひめ→粘りが強く、柔らかい。北海道米の中大地の空→凍ピラフなどの加工用向けに最適。あっさりした味わいと、粘りの少ない品種のため、冷凍食品などの加工用米として使用されています。直播栽培が主流の品種。田んぼに直接、種を植える直播栽培に適した品種。持続可能な生産を目指しています。でも特に粘りが強く、柔らかい低アミロース品種です。スープカレー用のブレンド米に。「あやひめ」の玄米はプチプチとした食感が特徴。スープカレーに合わせるごはんに最適です。「玄米さらだ」「あやひめ」の玄米を100%原料にした、粘りのある玄米。ビタミンB群が豊富です。

きたくりん→農薬を減らしながら、安定生産。稲の病気に強いため、農薬を節減しながらも安定的な生産ができる品種です。ほどよい粘りとやわらかさ。「ふっくりんこ」を父にもち、耐病性だけではなく、粘りとやわらかさなどの食感にも優れています。

おぼろづき→粘りが強い。アミロースの割合が低く、強い粘りが特徴。市販の北海道米の中では最も強い粘りを持ちます。冷めても硬くならない。冷めても硬くなりにくいので、家庭ではもちろん、お弁当に向いています。ほのかな甘みと独特の風味。甘みと独特な風味が特徴で、官能評価では「コシヒカリ」に並ぶ評価を獲得しています。

えみまる→直播米で、持続可能な米作り。農作業が省力化できるため、生産性の向上や生産量と経営規模の安定が期待される品種です。「ななつぼし」並みの食味食味の評価も高い「えみまる」。官能評価では「ななつぼし」並みの総合評価を受けています。「消費者も生産者も笑顔になるお米」「えみまる」の名前は、従来の直播米品種「ほしまる」の「まる」と、おいしさと作りやすさで、「消費者も生産者も笑顔になる」の意味が込められています。

ふっくりんこ→道南生まれ、道南育ち。道南で開発され、栽培されてきた高品質米。地元で愛されてきた品種です。プロ御用達のお米。ふっくらした食感で、和食や魚介系との相性が抜群。料亭や機内食などでも採用されるおいしさです。4年連続特A。食味ランキングで、最高評価の「特A」を4年連続で獲得しています。※一般財団法人日本穀物検定協会調べ※平成26年~平成28年産米も特A

食味特性を意識して、炊飯時のご飯が白くて、つやがあり、一粒ひとつぶが「ふっくら」とおいしく炊きあがる様子を言葉のひびきに込め、音感とともに表現しています。女性のみで構成された名称選考委員会において、応募総数4655点のなかから選ばれました。道南農業試験場で作られたお米です。

ななつぼし→ほどよい甘みと粘り。甘みと粘りのバランスがよく、あっさりとした食感です。お弁当や和食に。冷めてもおいしいという特長から、お弁当やお寿司に最適です。13年連続特A。食味ランキングで、最高評価の「特A」を13年連続で獲得しています。※一般財団法人日本穀物検定協会調べ※平成22年~令和4年産米

北海道では空気がきれいなためななつぼし(北斗七星)がきらきら輝いて見えます。このようなクリーンな北海道で生まれた、きらきら輝く美しいお米をイメージしました。中央農業試験場で作られました。

お米の今田屋

お友達がななつぼしを生産しています。皆様、宜しくお願い致します。詳細はこちら

アイキャッチ画像はお米の今田屋さんのホームページとインスタグラムからお借りしています。

ゆめぴりか→甘くて、濃い。甘みが際立ち、濃い味わいの品種。まずは白ごはんで味わうのがおすすめです。粘りが強く、やわらかい。北海道米の中でも、特に粘りが強い品種。低アミロース品種の1つです。13年連続特A。お米の食味ランキングで最高位を連続受賞。新潟県魚沼産「コシヒカリ」と肩を並べるおいしさです。※一般財団法人日本穀物検定協会調べ
(令和4年産米)※平成22年~令和4年産米(平成22年産米は参考品種)

「夢」とアイヌ語で美しいという意味の「ピリカ」をかけあわせて、北海道米の夢をになうお米になってほしいという願いを込めて命名されました。なお、名前は一般公募により、3422点の応募の中から選ばれました。

地下鉄のドアに貼ってありましたのを急いでパチリ

右と左にあり、人目もありましたが激写

もち米のご紹介

日本一のもち米の里”名寄市”

北海道の北に位置する名寄市は、古くからもち米作りが盛んで、市内の水田のおよそ9割がもち米という、日本有数のもち米の産地です。

名寄市では、冷害に強いという理由から昭和45年にもち米栽培が始まりました。栽培に着手した当初から生産組合を立ち上げ、栽培技術を確立するだけでなく、いち早く生産団地化※をすることで、より高品質な栽培に取組んできました。また、名寄市は盆地特有の気候条件である昼夜の寒暖差があることにより、病害虫の発生が少なく、クリーンな栽培が行われている安心・安全なもち米の生産地なのです。そんな名寄産のもち米は、柔らかくて固くなりにくい性質をもつことから、有名な「伊勢の赤福」をはじめ、様々な商品に使われています。

名寄もっともち米プロジェクトより

名寄(なよろ)市については→こちら

はくちょうもち→北海道もち米のロングセラー。30年以上、北海道のもち米として、皆さまに愛されてきました。やわらかさが長持ち。冷めてもやわらかさが長持ちするのが特徴。粘りが強く、赤飯やおこわ、大福などに適しています。炊飯器で炊ける。ご家庭の炊飯器で炊けるので、お赤飯やおこわをご自宅で気軽に味わえます。

きたゆきもち→北海道もち米のロングセラー。30年以上、北海道のもち米として、皆さまに愛されてきました。やわらかさが長持ち。冷めてもやわらかさが長持ちするのが特徴。粘りが強く、赤飯やおこわ、大福などに適しています。炊飯器で炊ける。ご家庭の炊飯器で炊けるので、お赤飯やおこわをご自宅で気軽に味わえます。

風の子もち→やわらかさと粘りが長持ち。冷めてもやわらかく、粘りが長持ちする品種です。お赤飯やおはぎ、大福などに向いています。白さが際立ち、粒張りが良い。白さを表す白度が高く、粒張りが良い品種。餅にしたときの粘り、コシ、キメの細かさが自慢です。

きたふくもと→硬くなりやすく、風味がよい。他の北海道もち米と比べて硬化性が高く、餅にしたときの味わいも良い品種です。切り餅や米菓に最適。硬くなりやすいので、切り餅などの餅加工や、あられなどの米菓に適しています。

酒米のご紹介

きたしずく→雑味が少なく、やわらかいお酒に。雑味が少なくやわらかで、すっきりとした味わいのお酒が期待できます。「吟風」と「彗星」のいいとこどり。「吟風」のように心白発現が高く、「彗星」のように千粒重は多いのが特徴で、安定した収穫量が期待できます。

彗星→淡麗な味わいのお酒に。良質な酒米であることを示す、タンパク含有量の低さが特徴。淡麗な味わいのお酒が期待できます。大粒で収量性が高い。品質の決める千粒重が重く大粒で、収量性が高い品種です。

吟風→芳醇な香りのお酒に。米の中心部にある心白が大きくはっきりしているため、芳醇なお酒が期待できます。北海道の酒米を広めた立役者。北海道を代表する酒米。2000年に誕生したのをきっかけに、北海道の酒米が全国へ広まりました。

水田の北限

皆さん、遠別町が日本最北の稲作地帯でございます。

昭和32年に建てられた『水稲発祥之碑』は、遠別町稲作経営研究会が創立20周年を記念して建立されました。この碑は南山仁太郎氏の功績を称えています。彼は明治34年に遠別川の水を引いて田を作り、上川産の種子で収穫に成功したことで稲作発展の契機を作りました。

遠別町の稲作の歴史は明治30年に試作をした中村亀吉氏が起源とされています。その後、南山氏が種子を本州から取り寄せて試行錯誤を繰り返しましたが、3度目にして上川産の種子と出会い、成功を収めたんですね。

大正10年には土功組合が設立され、灌漑工事が進み水稲栽培が本格的に行われるようになりました。開拓者たちは夢を捨てずにお米を作り続け、その努力が北海道の稲作北限のまちへとつながっていきました。

昭和24年には、石黒初明氏が米作日本一表彰競作大会で驚異的な収量を上げ、遠別稲作の金字塔として歴史に刻まれました。

現在、遠別町の水田は北緯44度45分に位置し、世界最北の水稲とされています。遠別町のお米はもち米を中心に生産され、『北吹雪』や『たわら最中』などの特産品もあります。これらの商品は道の駅などで手に入りますよ。

遠別町の稲作は、開拓者たちの努力と夢が受け継がれ、今も北海道産のおいしいお米として愛されています。ぜひ、そのおいしさを味わってみてください!

松浦武夫さんいわく

風の子もち→やわらかさと粘りが長持ち。冷めてもやわらかく、粘りが長持ちする品種です。お赤飯やおはぎ、大福などに向いています。白さが際立ち、粒張りが良い。白さを表す白度が高く、粒張りが良い品種。餅にしたときの粘り、コシ、キメの細かさが自慢です。

本州の稲との違い

北海道では本州とは異なる独自の品種が栽培されています。なぜなら、北海道の気候と土地は本州とは異なり、その特性に適した品種が必要だからです。

北海道で本州の品種を栽培しようとすると、秋になってから穂が出るため、寒さでお米が実らないという問題があります。これは、本州のイネが日が短くならないと穂が出ない性質を持っているためです。逆に、北海道の品種は日が長くても暖かくなれば穂が出るため、北海道の気候に適しています。

ですが、この特性の違いから、北海道の品種は本州ではうまく育たないのです。そのため、北海道では独自の品種改良が必要になります。

特に、稲の茎の構造に隠された自然の秘密、それが「二節草」と「三節草」のお話です。稲の茎は、私たちの目に見える地上部分で、葉鞘と葉身を含んでいます。この部分には、節という特別なポイントがあり、それぞれが稲の成長と繁殖に大きな役割を果たしています。

まずは、「二節草」から。この稲は、まるで冬の寒さを好む小さな戦士のよう。茎には2つの節があり、これがその力の源です。短くてたくましい茎は、低温に強い性質を持ち、早い成熟期を迎える特徴があります。この素早い成長サイクルは、冷涼な気候に適応するための自然の知恵なのです。北海道米はこの二節草になっているため本州の稲より高さがなく、ツアーで水田風景をご覧になられると、大地が大きく広いせいか稲が短く見えると言われることが多いのはそのためです。

次に、「三節草」の世界へ。つまり本州の稲です。こちらは、二節草よりも一歩進んで、茎に3つの節を持ちます。この一つの追加された節が、まるで魔法のように稲を変化させます。茎が長くなり、より多くの葉を支えることができるので、光合成の効率が上がり、豊富な養分を生み出すことができます。温暖な気候を好み、長い成長期間を通じてじっくりと力を蓄える三節草は、まさに太陽の恵みを一身に受ける稲です。

この「二節草」と「三節草」の違いは、農業における品種選定や栽培技術の適用において重要な指標となります。それぞれの特性を理解し、適切な環境に合わせて選ぶことで、収量や品質の向上を目指すわけです。しかし、自然界は複雑で、これらの節の数だけではなく、多くの要因が稲の成長に影響を与えます。だからこそ、農業では総合的な管理が求められるのです。

本州で栽培されている有名なお米の品種には、以下のようなものがあります。これらの品種は、その味、品質、また特定の地域での適応性によって選ばれています。

1. コシヒカリ 特徴: コシヒカリは、日本で最も有名で人気のあるお米の品種です。粘りが強く、甘みと旨みが特徴で、多くの人に愛されています。 栽培地域: 新潟県をはじめとする日本全国各地で広く栽培されていますが、特に新潟県産のものが高い評価を受けています。

2. あきたこまち 特徴: あきたこまちも粘りと光沢があり、柔らかい食感が特徴です。コシヒカリに次ぐ人気を誇ります。 栽培地域: 名前の通り、秋田県を中心に栽培されていますが、他の地域でも生産されています。

3. ひとめぼれ 特徴: ひとめぼれは、粘りと甘みがあり、冷めても美味しいとされる品種です。 栽培地域: 宮城県をはじめとする東北地方で多く栽培されていますが、全国的に広がりを見せています。

4. きぬひかり 特徴: きぬひかりは、コシヒカリの血を引く品種で、柔らかい食感と良好な粘りが特徴です。 栽培地域: 主に中国地方や四国地方で栽培されていますが、関西地方など他の地域でも生産されています。

5. ささにしき 特徴: 粒が大きく、やや硬めの食感が好まれます。炊きあがりがふっくらとしており、お弁当など冷めた状態での食味も良いとされます。 栽培地域: 岡山県や広島県など、主に中国地方で栽培されています。

これらの品種は、それぞれ異なる気候や土壌条件下での適応性を持ち、各地域の特色を活かした栽培が行われています。日本のお米の品種は多岐にわたり、地域ごとに様々な特徴を持ったお米が栽培されており、それぞれのお米が持つ独特の味わいを楽しむことができます。

さて、今日のツアーで、稲の茎に隠された自然の工夫を少しでも感じていただけたら幸いです。次回も、自然の不思議と農業の知恵を探る旅を続けましょう。

北海道のお米は、北海道の自然と人々の知恵が生み出した素晴らしいものです。その品種改良によって、北海道で美味しいお米が生産され、私たちに幸せを運んでくれます。

北海道のお米には、北海道ならではの風土や努力、そして愛情が詰まっています。ぜひ、北海道のお米を味わってみてください。きっとその美味しさに驚かれることでしょう!

収穫期

北海道は日本の中でも特に気候が厳しく、雪解けが遅く、霜が降りるのも早い地域です。このため、北海道でのお米の収穫は、他の地域よりも早い段階で行われる必要があります。霜が降りる前に収穫しなければ、お米が被害を受けてしまう可能性が高いからです。

かつては、10月10日が体育の日であり、他の地域では運動会が行われることが一般的でした。しかし、北海道ではこの時期には既に収穫が終わっていることが通例でした。北海道の米作りでは、夏から秋にかけての短い期間に収穫が行われます。特に霜の心配がある北海道では、収穫のタイミングを見極めることが非常に重要です。

そのため、北海道では体育の日に収穫のための作業が優先され、運動会に参加できない子どもたちも多かったのです。田植えが終わった5月末か6月初めに、運動会が開催されることが一般的でした。

北海道の農家の皆さんは、厳しい気候条件の中で慎重に収穫の計画を立て、効率的に作業を進めています。その結果、高品質なお米が生産され、北海道の自然と人々の努力が結集しています。


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